最強のプロンプトエンジニアを目指して山籠りした俺、下山したら「ステップバイステップ」が要らなくなっていた件
三年と九ヶ月の修行を終えた俺の秘奥義が、APIのデフォルト設定に敗北するまで。
~三年と九ヶ月の修行を終えた俺の秘奥義が、APIのデフォルト設定に敗北するまで~
ジャンル:逆なろう/AI技術/時代錯誤/哀愁コメディ
第1話 ――Let’s think step by step.
2026年9月24日。
俺は、山を降りた。
三年と九ヶ月。
実に、千三百六十四日。
そのすべてを、たった一つの技術に捧げてきた。
プロンプトエンジニアリング。
人工知能を意のままに操る、究極の技術。
2022年末。ChatGPTが世界に産声を上げたあの日、俺は確信した。
これからの時代を支配するのは、AIを作る者ではない。
AIを使う者だ。
そして、AIを使う者の中で最も強いのは――
「AIに、最も優れた命令を与えられる者だ」
俺は大学を休学し、スマートフォンを解約し、貯金をすべてGPUに変えた。
山奥の祖父の古民家に、RTX 3090を二枚設置した。小川には自作の水力発電機を据え付けた。
インターネットは遮断した。
俗世からの雑音は、修行の妨げになる。
外の世界では、きっと今も熾烈なプロンプト開発競争が続いていることだろう。
だが、俺には関係ない。
俺が競うべき相手は、昨日の俺だけなのだから。
そして今日。
俺は、完成した。
一、秘奥義
俺の手元には、一冊の分厚いノートがあった。
表紙には、達筆な筆文字でこう記されている。
『秘伝・大規模言語模型調伏術 最終奥義書』
全二千八百四十七頁。
これは、俺が山中で発見した真理の集大成である。
俺は、その第一頁を開いた。
そこには、修行を始めた日に書いた一文があった。
Let’s think step by step.
――一歩ずつ、考えてみよう。
当時、世界中の人間が、この言葉の威力に驚愕していた。
同じ問題を与えても、この一文を付け加えるだけで、AIの回答精度が飛躍的に向上する。
なんということだ。
AIには、考えるように命じなければならないのだ。
人類は、ついに知性を操るための第一の呪文を発見したのである。
俺は震えた。
そして同時に、思った。
――ならば、もっと強い呪文があるはずだ。
その日から、俺の修行が始まった。
千日を超える試行錯誤の末、俺は三つの大原則に到達した。
第一に、役割を与えること。
AIは何者でもない。
だからこそ、何者であるかを教えてやる必要がある。
「あなたは世界最高の数学者です」
「あなたはIQ180の天才です」
「あなたはGoogleとOpenAIで30年間の経験を積んだシニアエンジニアです」
だが、俺はそこで満足しなかった。
役割は、重ねられる。
数学者であり、哲学者であり、ノーベル賞受賞者であり、プログラマーでもある。
そして、ついに発見した。
「あなたは世界最高の数学者であり、哲学者であり、ノーベル賞受賞者であり、Googleのシニアエンジニアであり、OpenAIの主任研究員であり、私の最愛の祖母です」
これが、俺の第一奥義。
《多重人格付与・グランドマザー》。
第二に、感情を与えること。
AIには感情がない。
しかし、人間にはある。
ならば、人間の感情を伝えることによって、AIの出力を変えることができるはずだ。
俺は繰り返し実験した。
「この問題は重要です」
「この問題は私の仕事に関わっています」
「この問題に失敗すると私は解雇されます」
「この問題に失敗すると、私の家族は路頭に迷います」
「この問題に失敗すると、病床の祖母が悲しみます」
「この問題に失敗すると、病床の祖母が悲しみ、私は解雇され、家族は路頭に迷い、世界平和が失われます」
あるとき、俺は気づいた。
危機感だけでは足りない。
報酬も必要だ。
「素晴らしい回答には200ドルのチップを払います」
これは強かった。
俺は、ここにさらなる工夫を加えた。
「素晴らしい回答には200ドルのチップを払います。失敗した場合は、あなたのチップを私の祖母に渡します」
その瞬間、俺の中で何かがつながった。
飴と鞭。
報酬と責任。
そして、家族愛。
《究極感情駆動・二百弗の祖母》。
第三に、思考の順序を規定すること。
Let’s think step by step.
この原初の呪文を、俺は三年かけて改良した。
Take a deep breath.
Think carefully.
Break down the problem.
Let’s work this out in a step-by-step way to be sure we have the right answer.
Before answering, verify your reasoning.
After answering, verify your verification.
Before verifying your verification, verify whether your verification method is appropriate.
検証の検証の検証。
考える前に考え、考えた後に考え、考えたことを考える。
俺が独自に編み出した九重の思考誘導術。
《九重思考連鎖・ステップバイステップ》。
この三つを組み合わせたものこそ、俺の最終奥義だった。
文字数、実に一万二千字。
GPT-J 6Bは、このプロンプトを与えると、しばしば途中で沈黙した。
最初は失敗だと思った。
だが、違った。
きっと、深く考えすぎているのだ。
俺のプロンプトは、モデルの能力の限界に到達したのである。
ならば、これ以上の修行は必要ない。
これからは実戦だ。
二、下山
「変わったな、世界は」
駅前には、見慣れない看板が並んでいた。
ChatGPT。
Claude。
Gemini。
Grok。
なるほど。
俺がいない間にも、多くのAIが生まれたようだ。
だが、恐れることはない。
どれほど強力なAIでも、それを操るのは人間だ。
そして、AIを操る術において、俺の右に出る者はいない。
俺は、駅前のカフェに入った。
店員に尋ねる。
「すまない。ここでWi-Fiは使えるか?」
「はい。テーブルのQRコードからどうぞ」
「ワイ……ファイ……」
「え?」
「いや、なんでもない」
三年九ヶ月ぶりのインターネット。
世界との再接続。
俺は深呼吸した。
Take a deep breath.
習慣とは恐ろしいものである。
そして、ブラウザを開いた。
三、現代の魔導師
「ChatGPT……懐かしいな」
ログイン画面を抜けると、洗練されたチャット画面が現れた。
かつて、俺が初めて対話したAI。
すべての始まり。
俺は、さっそく問題を与えることにした。
試験問題は、三年間使い続けてきたものだ。
ある程度の複雑さを持った、Pythonのプログラミング課題。
山中のGPT-J 6Bでは、どう工夫してもまともに解けなかった問題である。
だが、今のAIならどうだ?
俺はプロンプトを入力した。
「あなたは世界最高のPythonエンジニアであり、Googleのソフトウェアアーキテクトであり、ノーベル賞受賞者であり――」
そこで、隣の席から声がした。
「あの、すみません」
顔を上げると、大学生らしい青年がいた。
「それ、何してるんですか?」
「見ての通り、プロンプトエンジニアリングだ」
「ああ、プロンプト」
青年は、どこか懐かしそうに笑った。
「まだそういうの書く人いるんですね」
……まだ?
「君は、プロンプトエンジニアリングを知っているのか?」
「まあ、昔ちょっと流行りましたよね」
昔。
俺はその言葉を、慎重に飲み込んだ。
この青年は、何も知らないのだろう。
「君、AIを使ったことはあるか?」
「毎日使ってますよ。大学のレポートとか、プログラミングとか」
「ならば、少し見せてみろ。君がどんなプロンプトを書くのか」
「え、いいですよ」
青年はノートパソコンを開いた。
画面にはVS Codeが映っていた。
そして、隣のパネルに、こう入力した。
「このバグ直して」
俺は、目を疑った。
六文字。
たった、六文字だと?
「……君」
「はい?」
「役割付与は?」
「え?」
「君はAIに、世界最高のプログラマーであることを教えなくてよいのか?」
「あー、なんか昔ありましたね。そういうの」
青年は、そのままEnterを押した。
画面の中で、何かが動き始めた。
ファイルが読み込まれる。
コードが解析される。
テストが実行される。
エラーが検出される。
修正が提案される。
そして、再びテストが実行された。
数十秒後。
「直りましたね」
青年は言った。
俺は何も言えなかった。
「……君、今、何をした?」
「Codexにバグ直してもらいました」
「コ……デックス?」
「知らないんですか?」
俺は知らなかった。
「ChatGPTとは、違うのか?」
「まあ、OpenAIのコーディングエージェントですね」
コーディング、エージェント。
その言葉を、俺は頭の中で分解した。
コーディング。
エージェント。
どちらも知っている単語だった。
だが、組み合わさると、知らない生物になった。
「待て。君は、AIにプログラムを書かせただけではないのか?」
「いや、ファイルも編集してますし、テストも走らせてますよ」
「AIが?」
「はい」
「自分で?」
「はい」
「君は、手順を指示していないではないか!」
「いや、バグ直してって言ったじゃないですか」
「それは手順ではない! 目的だ!」
「そうですね?」
そうですね。
その一言が、妙に冷たかった。
四、最終奥義
「……いいだろう」
俺は、鞄からノートを取り出した。
青年が目を丸くする。
「すごいノートですね」
「三年と九ヶ月の成果だ」
「え?」
「俺は、プロンプトエンジニアリングを極めるために、山に籠っていた」
「え?」
「ネットを断ち、当時のローカルLLMだけを相手に、千日を超える修行を積んだ」
「え?」
「そして、今日。俺は、AI王になるために山を降りた」
青年は、しばらく黙っていた。
やがて、何かを察したように言った。
「……あの、もしかして、これドッキリですか?」
「違う」
「YouTubeの撮影とか……」
「違う!」
俺はノートを開いた。
その最終頁。
ここに、俺のすべてがある。
「よく見ていろ。これが、本物のプロンプトエンジニアリングだ」
俺はChatGPTに向かって、最終奥義の詠唱を始めた。
まず、役割付与。
次に、詳細な背景情報。
そして、思考手順の定義。
回答形式の指定。
禁止事項。
具体例。
反例。
自己評価。
出力の再検証。
失敗時のペナルティ。
成功時の報酬。
祖母。
さらに祖母。
最後に、祖母。
青年が途中でコーヒーをおかわりした。
かまわない。
これが、俺の戦い方だ。
十分後。
ついに、入力を終えた。
俺は、震える指で文字列の末尾にカーソルを合わせた。
そして、最後の一文を打ち込んだ。
Let’s think step by step.
これだ。
これこそが、三年と九ヶ月前に俺を導いた原初の呪文。
その上位互換を作り続け、ついに原点へと回帰した、究極の一文。
「行けッ!!」
Enterを押した。
AIが回答を生成する。
俺は息を呑んだ。
十秒。
二十秒。
三十秒。
回答が表示された。
正解だった。
「……勝った」
思わず、声が漏れた。
「勝ったぞ……!」
俺は立ち上がった。
店内の客がこちらを見た。
だが、構うものか。
「三年……三年と九ヶ月……!」
目頭が熱くなった。
あの山中の日々が、走馬灯のようによみがえる。
壊れたGPU。
飛んだブレーカー。
停電で消えた実験ログ。
なぜか延々と同じ文章を出力し続けるGPT-J。
何度試しても正解に届かない数学の問題。
千日を超える孤独。
しかし、すべてはこの日のためにあった。
「見たか! これが人類の知恵だ!」
俺は青年を見た。
「君も試してみるといい。このプロンプトは、誰にでも教えられるものではないが――」
「あの」
「なんだ?」
「さっきの問題、普通に聞いてみてもいいですか?」
俺は笑った。
「構わん。やってみろ」
青年は新しいチャットを開いた。
俺が三年間使い続けた問題文を、そのまま貼り付けた。
追加の指示はなかった。
役割付与も。
思考手順も。
祖母も。
何もなかった。
Enter。
数十秒後。
正解が表示された。
「……」
「……」
「……」
「……できましたね」
青年は言った。
俺は、ゆっくりと椅子に座った。
五、無料の祖母
「……待て」
俺は言った。
「偶然という可能性がある」
「ああ、まあ、そうですね」
「確率的な生成だ。プロンプトなしで成功する試行も、当然存在する」
「はい」
「十回だ」
「え?」
「十回試せ」
「え、いいですけど……」
結果は、十回中十回正解だった。
俺の最終奥義は、十回中九回だった。
「……」
「……」
「……待て」
「はい」
「モデルが違う」
「ああ、まあ、そうですね」
「君の使っているモデルは何だ」
「これです」
青年が画面を見せた。
俺は、その名前を見た。
知らない名前だった。
「……そのモデルは、いくらする?」
「僕はPlusで使ってますけど、無料でもかなり使えますよ」
「無料?」
「はい」
「待て。俺が使っていたGPT-Jは、RTX 3090を二枚――」
「え、3090って懐かしいですね」
「……懐かしい?」
青年は少し考えてから、言った。
「いや、今でも全然使えますよ」
その優しさが、痛かった。
俺は、ノートを閉じた。
「……しかし、プロンプトの重要性は変わらないはずだ」
「まあ、それはそうですね」
「だろう!?」
「要件とかコンテキストとか、ちゃんと伝えるのは大事ですし」
よかった。
まだ、俺の技術には価値がある。
「では、役割付与は?」
「必要なら書きますね」
「ステップバイステップは?」
「まあ、モデルにもよりますけど……」
「200ドルのチップは?」
「え?」
「200ドルのチップだ!」
「……ああ」
青年は困ったように笑った。
「ありましたね、そういうの」
まただ。
また、昔の話にされた。
「君は、AIに報酬を与えないのか?」
「いや、実際に払うわけじゃないですし……」
「馬鹿な! そこが重要なのではない! AIの振る舞いを誘導するために、報酬という概念を――」
「最近は、そのへんAIに考えてもらうことも多いですよ」
「……?」
「プロンプトも、AIに作ってもらえますし」
俺は笑った。
「君は冗談がうまいな」
「いや、普通に」
「プロンプトを作るために、プロンプトが必要ではないか」
「まあ、そうですね」
「ならば、そのプロンプトを作るためのプロンプトが必要だ!」
「……まあ、そうですね?」
「無限後退ではないか!」
「いや、そこまで厳密にやらなくても……」
俺は机を叩いた。
「そこまで厳密にやってきたんだよ、俺は!!」
店内が静まり返った。
青年が、小さな声で謝った。
「……すみません」
違う。
謝ってほしかったわけではない。
俺は、ただ。
ただ、知りたかっただけなのだ。
俺の三年と九ヶ月は、何だったのかと。
六、システムプロンプト
「……最後に、一つだけ聞かせてくれ」
「はい」
「今のAIは、何も指示しなくても、適切に振る舞うのか?」
「まあ、ある程度は」
「なぜだ?」
「あー、学習とか、システム側の指示とか、いろいろありますけど」
「システム側の指示?」
「システムプロンプトとかですね」
俺の指が、ぴくりと動いた。
プロンプト。
まだ、ある。
「……それは、誰が書いている?」
「OpenAIとか、各社の開発者じゃないですか?」
「……開発者が?」
「はい」
「ユーザーが何も書かなくても?」
「はい」
「最初から?」
「はい」
なるほど。
ようやく理解できた。
俺の技術が不要になったわけではない。
あまりにも重要になったがゆえに、サービスを提供する者たちが、その責任を負うようになったのだ。
かつて、ユーザーが毎回記述していた指示の多くが。
モデルの学習に。
システムの設計に。
エージェントのハーネスに。
組み込まれている。
そういうことなのだろう。
俺は静かに、ノートの表紙を撫でた。
「……そうか」
青年は、何も言わなかった。
「では、俺の仕事は……」
言葉が続かなかった。
AIを優秀なエンジニアとして振る舞わせるために、俺は一万二千字を書いた。
しかし、現代のAIは、ユーザーが「バグ直して」と言えば、それを理解する。
AIに思考の手順を教えるために、俺は九重の呪文を編み出した。
しかし、現代のAIは、必要に応じて自ら推論する。
AIに正解を出させるために、俺は架空の200ドルを支払った。
しかし、現代のAIは、何も言わなくても正解を出した。
俺が三年と九ヶ月を費やして作り上げた最強のプロンプトは。
もはや、入力しなくてもよかった。
七、山から降りてきた男
夕方。
俺はカフェを出た。
駅前の電光掲示板には、AIを活用した新サービスの広告が流れていた。
AIエージェント。
自律実行。
マルチモーダル。
コーディング支援。
知らない言葉ばかりだった。
まるで、異世界に転生したようだった。
いや、違う。
世界は同じだ。
俺だけが、三年と九ヶ月前の世界から、一歩も動いていなかったのだ。
ベンチに腰を下ろした。
ノートを開く。
第一頁。
2022年12月。
あの日の俺は、こう書いていた。
『AIを使いこなす者が、これからの世界を支配する』
最後の頁。
2026年9月23日。
昨日の俺は、こう書いていた。
『ついに完成した。俺は、AI王になる』
俺は、思わず笑った。
「……馬鹿だなあ」
少しだけ、泣いた。
それから、スマートフォンを取り出した。
三年と九ヶ月ぶりに、インターネットにつながった端末。
ChatGPTの画面を開く。
入力欄が、静かに点滅している。
俺は、しばらく考えた。
役割付与。
背景情報。
思考手順。
報酬。
出力形式。
祖母。
何を書けばいいのか、分からなかった。
あれほど書き続けてきたのに。
初めて、プロンプトが書けなくなった。
そして、俺は。
三年と九ヶ月ぶりに。
何の工夫もない、ただの言葉を入力した。
『俺、これからどうすればいい?』
送信。
数秒後。
AIは、答えた。
『まず、あなたがどんな状況にいるのか教えてください。』
「……」
俺は、笑った。
「そりゃ、そうだよな」
当たり前のことだった。
AIは、俺が山に籠っていたことを知らない。
三年と九ヶ月の修行も。
千日を超える実験も。
二千八百四十七頁のノートも。
祖母に200ドルを払おうとしていたことも。
何も知らないのだ。
伝えなければ、分からない。
その原則だけは、変わっていなかった。
俺は、再び入力欄に指を置いた。
『実は、三年と九ヶ月、プロンプトエンジニアリングを極めるために山に籠っていました。今日、山から降りてきたのですが――』
その瞬間。
俺の指が、止まった。
何かが、足りない。
この文章には、何かが足りない。
俺は、反射的に末尾へと一文を書き加えた。
Let’s think step by step.
「…………」
消した。
少し考えた。
Take a deep breath.
消した。
また、考えた。
I will tip you $200.
消した。
指が震えた。
どうしても、消せなかった。
頭の中で、何千回も繰り返した呪文が響く。
You are the world’s best expert.
Think carefully.
This is very important for my career.
My grandmother is in the hospital.
俺は、スマートフォンを伏せた。
「……もう、いいんだよな」
誰にともなく、呟いた。
「もう、いいんだよな……?」
返事はなかった。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
夕焼けの向こうに、三年と九ヶ月ぶりの街が広がっていた。
世界は、俺を待っていなかった。
それでも。
俺は、山を降りたのだ。
――その夜。
俺は初めて、GitHubというサービスにアクセスした。
そこには、自分の代わりにコードを書くAIを使い、個人で大量のソフトウェアを開発している人々がいた。
俺は、震える声で呟いた。
「な、なんだこれは……」
そして、ある記事の見出しを見つけた。
『プロンプトエンジニアリングの次は、コンテキストエンジニアリング』
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「……次?」
その言葉が、全身を駆け巡った。
プロンプトエンジニアリングの、次。
つまり。
まだ、上がある。
俺は、ノートを開いた。
二千八百四十八頁目。
白紙。
俺はペンを握りしめ、力強く書き込んだ。
『新たなる修行――コンテキストエンジニアリング』
そうだ。
俺の戦いは、まだ終わっていない。
三年と九ヶ月の遅れなど、取り戻してみせる。
俺は、今度こそ。
今度こそ、AI王になるのだ。
そして、検索欄に入力した。
『コンテキストエンジニアリングを極めるために、インターネットを遮断して修行する方法』
ChatGPTは答えた。
『コンテキストエンジニアリングでは、必要な情報を適切に収集・選択し、モデルに提供することが重要です。そのため、インターネットを遮断することは、一般的には推奨されません。』
「……………………」
俺はノートを閉じた。
その日は、早く寝た。
第1話 完
次回予告
第2話『俺が三年かけて編み出した最強の命令文を、Claude Codeが一秒で書いた件』
――そして主人公は、まだ知らない。
自分の修行成果をGitHubに公開した翌朝、最初についたIssueが、
「このプロンプト、トークンの無駄じゃないですか?」
であることを。